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103-B「遠軽/旭川」

2014年7月10日 北海道上川町にて採集

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◇珍しい塗装なしのアルミ?ステンレス?板

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◇黄色のテーパーポールは開発局設置の証拠

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◇かつてここが幹線道路の交差点だったとはにわかに信じがたい


◯白看の種類:103-B「71Km遠軽→/↖旭川49Km」(オーバーハング式・テーパーポール吊り下げ・2点支持)

 

◯設置されている道路:【旭川方面】上川町道3・4・6公園通り(国道39号旧道)×【遠軽方面】上川町道(国道39号線道道遠軽上川線→国道273号線)×【層雲峡方面】上川町道(上川日東線→国道39号線

 

◯概要:旭川から網走方面へ車で40分。ここは北海道上川町。中心部から2キロほど山手に入ったところにひっそりと白看が残っている。上の写真の警戒標識にあるとおり、ここはY字の三叉路の一角にあるのだが、この道のすべてがかつて国道の旧道であった。すなわち…

 ■旭川方面:地方費道旭川根室線(1920-1952)→国道39号線(1952-1964)〔国道が越路峠経由から安足間経由の新道に変更されたことによる〕→町道降格(1970?-) 

 ■遠軽方面:国道39号線(1952-1960)〔国道が遠軽経由から層雲峡・石北峠経由に変更されたことによる〕→道道遠軽上川線(1960-1970)→国道273号線(1970-1977以前)→町道降格(1977以前-)〔バイパス建設によるルート変更〕

 ■層雲峡方面:町道上川日東道路(?-?)→道道留辺蘂上川線(1957-1960)→国道39号線(1960-1963頃?)→道道遠軽上川線(1964?-1970?)→国道273号線(1970-1977以前)→町道降格(1977以前-)

 

ざっと机上調査でわかるだけでまとめてみたが、ものすごく複雑である。道央から道東へ向かう国道39号線は1960(昭和35)年にそれまでの遠軽方面北見峠を経由するルートから層雲峡方面石北峠経由に変更され、距離が短縮された。その変更の分岐点がこの白看が立つ交差点であり、従って3方向すべて国道39号線だった時代があるのである。それに加えバイパス化もされている。

◇1977(昭和52)年頃の現地周辺。バイパスなどはこの頃すべて完成し、道路の様子はいまとそれほど変わっていない。早めに道路の改良が終了したことから耐用年数のまだ浅かったこの白看が残ったと言えるかもしれない。


さて、白看を観察してみよう。特徴的なのは板面がぎらりと銀色に光っていること。材質は塗装なしのアルミなのかステンレスなのか判別がつかないが、非常に珍しいタイプ。このほかは岩手県久慈市山形町にある103-B「葛巻/野田」くらいではなかろうか。

テーパーポールの支柱は黄色の開発局仕様。 裏面は大型版の標準的な補強金物の取り付け方である「口型」である。そして嬉しいことにこの白看には管理票が貼られてある。

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望遠レンズで可能な限りよってトリミングし拡大したのが下の写真である。①標識番号105-Bは高速道路の標識群が制定された昭和38年7月の標識令改正以降のものだ(なお、このブログでは便宜的にそれ以前の番号を記事に用いている)。②管理者は北海道開発局遠軽方面の国道39号線道道に降格したあとも開発局が管理を行った。③そして重要なのがこの納入年月。「昭和44年3月」は1969年。旭川方面は国道39号線降格後の町道、遠軽・層雲峡方面は道道遠軽上川線だったようだ。納入者は㈱大宮ホーロー北海道製作所。昭和30年代から今にいたるまで道内の道路標識を多く作っているようだ。

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 白看一枚から道路の歴史がたくさん読み取れる。なおこの記事の作成にあたっては「3ケタ国道走行記」さんの「北海道の道の話」「道道資料北海道」さんのサイトを参考にさせていただいた。

 

◯場所はこちら