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104「千才/厚眞」

20140707北海道厚真町にて撮影

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◯白看の種類:104「千才35Km/厚眞8Km」(複柱式)

 

◯設置されている道路:北海道道10号千歳鵡川

 

◯概要:“外れ白看”の代表格と言えば、北の大地に倒れるこちらの104ではないだろうか。探索に行けば誰もが一度は「撤去されたか」と思うものの、ちょっと探せば必ず発見出来るという良き外れ白看である。この白看を有名たらしめる最大の特徴は「千歳」を「千才」と書いてあるところ。また「厚真」の「真」は旧字体が使われている。「厚真町」は「あつまちょう」であるが、地元では「あずま」と濁ることもあるらしく、この点は誤植とまでは言えないだろう。

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さて、「千才」に関してはこちらの記事をご覧頂きたい。札幌市豊平区にあった103-B「千戈/札幌」についてである。1980年代中盤には街中にこのような白看がゴロゴロしてたかと思うと嘆息してしまうが、設置時期について考察してみよう。豊平の白看は現在の国道453号の旧道、平岸街道にあった。国道指定以前は北海道道308号丸駒札幌線(1960年4月〜1965年4月)→北海道道512号札幌支笏湖線(1965年4月〜1993年4月)だった。細かなルート指定は机上調査だけではわからないが、現在の国道指定されているルートは昭和40年代のはじめに拡幅されたようだ。なので設置はそれ以前、予想としては丸駒札幌線が指定された1960年(昭和35年)頃の設置と考えるのが妥当だろうか。(昭和35年から認められた大型板なのでその点も加味している)設置されていた場所は以下の通りである。

 さて表題の白看ではない白看の話を長々としてしまったが、この「千才/厚眞」の白看が設置されている北海道道10号千歳鵡川線の指定は1954(昭和29)年3月である。ただし大型板であることを加味すると設置は昭和35年以降ではないかと考えられる。

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なお倒れたのは5年くらい前のようで、えぬさんの「TTS旅の思い出」(2009年5月)にはしっかり立っている姿が確認出来るが、2010年8月に伊藤秀一さん(@shu10515)の投稿によるとすでに倒れているようである。

ストリートビュー

◯場所はこちら


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