読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

102「長崎県」

20080815長崎県諫早市/佐賀県太良町県境にて撮影 

f:id:zaicchan:20080815184651j:plain

f:id:zaicchan:20080815184903j:plain

◯白看の種類:102「長崎県」(複柱式)

 

◯設置されている道路:諫早市道(国道207号線旧道)「友尻橋」

 

◯概要: 有明海沿いを走る国道207号の佐賀県と長崎県の県境、今里川を渡る友尻橋に設置されている白看。これは長崎県側の親柱の側に立っている。 行政区分で言うと、長崎県諫早市ですが、2005(平成17)年3月までは、長崎県小長井町。 もしかして101「小長井町」も最近まで残っていたのかもしれない。 一方、佐賀県側は1955(昭和30)年に発足した太良町。残念ながら佐賀県側に標識はなかった。

ぽつと立つ複柱式の白看はとても「それらしく」雰囲気がある。 長崎県の「崎」の字のつくりにも非常に味わい深い。 経年変化で「白」というよりは「青緑」っぽくなっている。サビも激しく、もしかしたら 海風の影響があるのかもしれない。

国道207号線は1953(昭和28)年に2級国道佐賀諫早線として制定された。 往時をしのばせるものとして、白看の足下にはこんなものが立っていた。

 

f:id:zaicchan:20131017064530p:plain

この友尻橋自体は昭和12年3月架橋。現在は海側にバイパスがある。 バイパスの橋の竣工を調べれば、少なくともこの道路の現役年はわかるのだが、 当時はそこまで意識的ではなく…もったいないことをした

・1973(昭和48)年6月(現在のバイパスや新道の橋はまだなく(もっとも工事は始まっている)、 友尻橋が現役の国道だった頃) 

f:id:zaicchan:20131017065343p:plain

・1975(昭和50)年2月(バイパスの建設が進み、架橋間近。前後の道の拡幅も進んでるようだ)

f:id:zaicchan:20131017065356p:plain

・1979(昭和54)年9月(バイパスが完成して、友尻橋は旧道化した) 

f:id:zaicchan:20131017065417p:plain

ということで友尻橋現役は昭和50年代前半まで。この白看が設置された年代は定かではないものの、 白看末期にバイパス工事が始まったことを考慮に入れれば、少なくとも昭和40年代前半以前 ということになるのではないか。

なお、裏面は「口型」であった。

f:id:zaicchan:20131017070521p:plain

 

◯場所はこちら


より大きな地図で 白看マップ を表示