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104「德島/福井」

 20120812徳島県美波町にて撮影

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◯104「德島45km/福井9km」(単柱式)

 

◯設置されている道路 :国道55号線旧道(星越峠・旧日和佐町側)

 

◯概要 :未舗装(簡易舗装)の旧峠にひっそり設置されている白看。

特筆すべきは「徳島」の「徳」の字。旧字体の「德」になっている。 

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また裏面を見てみると…

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なんと補強材なしの一面の鉄板。このサイズの一般的な白看の裏面のほとんどに補強鋼が入っているので、もしかして非常に古いタイプかも。他に私が知っている例は町田市井の花の白看が代表的か。 また、峠にはこの白看と同じ鉄製のポールが二本ありった。市町村境を示す101か。

 

◯考察:この白看が設置されているのは国道55号線の旧道。標高210mの星越峠。

まずこの道路の歴史から。1953(昭和28)年5月、二級国道194号「高知徳島線」に制定。10年後、1963(昭和38)年4月、一級国道55号に昇格した。

現道の星越峠は1971年(昭和46)3月に改良がなされ、全長230mの星越トンネルでが開通、峠越えのこの道は旧道化した。

また、目的地にある「福井」は、阿南市南部にある町名。行政区域としては1955(昭和30)年3月まで那賀郡福井村。その後周辺町村と合併し「橘町」へ、1958(昭和33)年5月に富岡町と合併し、市制施行、阿南市となった。というわけで、この白看が設置された当時、少なくとも「阿南」という行政区域名はこの存在していなかったのかもしれない。もし福井村存在時だったらこの白看の設置は昭和30年以前となる。

最後は航空写真で変化を辿っておこう。

・1963(昭和38年)5月(55号に昇格したばかり。星越峠への道がはっきりわかる) 

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・1976(昭和51)年11月(既にバイパスが完成。旧道は木の陰に隠れているところも) 

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◯場所はこちら

 

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※ちなみに星越峠の阿南市側はKDDIのアンテナがあるため、普通車でも進入可能。しかし峠の前後は道幅が狭くなっており、通り抜けはかなり難しい。また峠周辺は訪れたのが盛夏だったせいか、薮蚊がものすごかった。防虫対策は万全に。

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◯おまけ: 阿南市側には206「右つづら折りあり」が両面あわせになって立っていた。